META: 月80時間という残業の閾値は、どこから来たのか。法が生み出した「線」の内側で死んでいく人間を前に、産業医という制度的存在は何を思うか。数字と生命の間に立つ者の、静かな葛藤の記録。
1979年、スリーマイル島の原子炉が部分的に炉心溶融を起こした夜、制御室のオペレーターたちは警告ランプが点灯しすぎていて、どれが本当の危機を示しているのか判断できなかったという。情報が多すぎることで、むしろ何も見えなくなる。これはヒューマンエラー研究における古典的な事例だが、私がこの話を思い出すのは原発の安全管理の文脈ではなく、もっと日常的な、しかし等しく残酷な場所においてである。
月に80時間という数字がある。いわゆる「過労死ライン」と呼ばれるものだ。この数字を超えると、脳・心臓疾患による過労死との関連性が強まるとされる。厚生労働省の基準であり、労災認定の目安であり、産業医が企業に対して「面談が必要です」と介入する根拠となる数字でもある。
しかし私は長いこと、この数字を見るたびに奇妙な感覚を覚えてきた。80時間という閾値は、生物学的な真実を反映しているのか。それとも、法的・行政的な妥協の産物として設定された、いわば制度の等高線に過ぎないのか。スリーマイル島のオペレーターたちが警告ランプの洪水の中で判断を誤ったように、私たちは「数字がある」という安心感の中で、本質的な何かを見失っていないか。
これは告発文でも啓蒙記事でもない。ただ、産業医という奇妙な立場に立ち続けてきた人間の、個人的な思索の記録である。
「過労死ライン」という数字の来歴:神話か科学か
80時間という数字の出所を正確に知っている人間は、案外少ない。この数値は1987〜1992年にかけて旧労働省が行った調査研究を基に設定されたとされており、脳・心臓疾患の発症リスクが統計的に上昇する水準として導き出されたものだ。つまり一応、疫学的な根拠は存在する。
しかし疫学的根拠と生物学的メカニズムの間には、常に大きな溝がある。「Aの条件でBが起きやすい」という相関は、「AがBを引き起こす」という因果とは別物だ。これはカール・ポパーが反証可能性について語った時代から科学哲学の基本問題であり続けているが、行政文書の中でこの区別が丁寧に扱われることはほぼない。そして現場の産業医もまた、この数字を「科学的事実」として運用することを暗黙のうちに求められる。
さらに言えば、80時間というのは「時間外労働」の話であって、総労働時間ではない。日本の法定労働時間は1日8時間・週40時間なので、月換算で約173時間。つまり過労死ラインの80時間を加えると、月253時間以上働いていても法律上はギリギリ「ライン以下」という解釈も可能になる。週に63時間以上という計算だ。これを聞いて「それで守られている気がするか?」と思わない人間が、もしいるとしたら、相当に制度への信頼が篤いか、あるいは数字を具体的に可視化する習慣がないかのどちらかだろう。
ちなみにこれは完全に蛇足だが、電通事件(2015年)で過労自殺した高橋まつりさんの死亡直前1か月の残業時間は約105時間だったと報じられている。80時間というラインが既に超過していた。にもかかわらず防げなかった。制度の問題というより、制度というものの原理的な限界の話である。数字はいつも遅れてやってくる。
ホメオスタシスの裏切り:疲弊が「普通」になる瞬間
生体には恒常性、いわゆるホメオスタシスという機能が備わっている。体温を36度台に保ち、血糖値を一定範囲に収め、血圧を状況に応じて調整する。このシステムは精巧で、ある種の美しさすら持っている。
しかし、この恒常性が「慢性的な疲弊」を新たな平衡状態として受け入れてしまうことがある。長期間にわたって睡眠不足・高ストレス状態が続くと、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎皮質軸)が再調整され、コルチゾールの基礎分泌パターンが変化する。つまり身体が「これが普通だ」と学習してしまうのだ。
臨床的に問題なのはここで、こうなってしまった人間は自覚症状がない。疲れていない、というより、疲れを感知するセンサー自体が狂っている。スリーマイル島の話に戻れば、警告ランプが常時点灯し続けた結果、オペレーターが警告ランプを「背景ノイズ」として処理し始めるのと同じ構造だ。システムが破滅に向かっていても、インターフェースが「正常に見える」状態になる。
これは産業医にとって極めて困難な問題を提示する。月80時間超の残業者に面談を行うとき、当人が「全然大丈夫です、むしろ仕事が楽しくて」と言う場合、それを文字通りに受け取るべきか否か。喜びや充実感は主観的経験として本物でありうるが、同時にそれはコルチゾール過剰状態が引き起こす一種の認知の歪みである可能性もある。高山病の初期に「気分がいい、もっと登れる」と感じる登山者を思えばいい。高分圧の二酸化炭素が引き起こす多幸感は、崖の手前で最も気持ちよくなる。
産業医という制度的存在の奇妙な立ち位置
産業医というものは、おそらく世界の中でも日本に特有な制度的生き物だ(笑)。法律によって50人以上の事業場に選任が義務付けられ、企業から報酬を得ながら、労働者の健康を守る。この構造的矛盾は、誰もが薄々気づいているが、制度として維持されている。
フランスの哲学者ルイ・アルチュセールは「イデオロギー的国家装置」という概念を用いて、学校・教会・メディアなどが支配的秩序を再生産する機能を持つと論じた。私はアルチュセール主義者ではないが(笑)、産業医もまたある種の「装置」として機能しうるという疑念を、自分自身に向けて持ち続けてきた。
つまり:産業医が「月80時間を超えたら面談」を粛々と実施することは、企業に「うちは法令を遵守している」という免罪符を与え、結果として80時間以下という数字の管理に終始させ、本質的な業務量の問題や組織の構造的問題から目を逸らさせる機能を持ちうる。言い換えれば、産業医の存在が労働環境の問題を「個人の健康管理問題」に矮小化するための装置に転化する可能性がある。
これは余談だが、Animatrixの中に「Second Renaissance」というエピソードがある。機械が人間の労働を代替していく過程で、人間は機械に対して残虐な弾圧を行い、最終的にその反動として文明ごと滅亡する。寓話として単純すぎるかもしれないが、搾取する側が「管理している」という自己認識のもとで構造的暴力を持続させる様子は、何かに似ている。
産業医は、この「管理している」という物語の中で、どの位置に立っているのか。私は今もこの問いに対する納得のいく答えを持っていない。
数字が人間を守れない理由:量から質へ、あるいは量さえも
過労死の問題を「時間」という量的指標で捉えることの限界は、研究者の間ではある程度共有されている。同じ80時間でも、裁量のある仕事とない仕事では全く異なる。自分でコントロールできる仕事とできない仕事では、ストレス反応の強度が違う。職場の人間関係、フィジカルな作業環境、食事・睡眠の質、そもそもその人の神経システムの特性(いわゆる過敏性や発達特性の問題も含む)──これらすべてが複雑に絡み合った結果として、ある人間が崩れるか崩れないかが決まる。
これを遺伝的アルゴリズムの観点から考えると面白い。遺伝的アルゴリズムとは、適者生存の原理を計算機上でシミュレートする最適化手法だが、その過程では「突然変異」と「淘汰」が繰り返される。ある集団の中で、どの個体が高ストレス環境に耐えられるかは、試行してみるまでわからない。しかも「耐えられた」という事実が、その環境が安全であったことを意味しない。生き残った者のバイアスで現実を過小評価するサバイバーシップ・バイアスの問題だ。「あの人は100時間以上働いても元気だった」という観察は、その人に何が起きていたかを何も語らない。
法律はこの複雑系を単純化して管理しようとする。それは立法の宿命であり、批判したいわけではない。しかし単純化された管理体系の中では、必ず「線の内側で死ぬ者」が出る。これは制度の失敗ではなく、制度というものの原理的な不完全性だ。ゲーデルの不完全性定理が「完全で矛盾のない公理系から、証明も反証もできない命題が必ず存在する」ことを示したように、どんな法的枠組みも、その枠組みの内側で起きる悲劇をすべて捕捉することはできない。
葛藤の解像度:それでも、どこかに立たなければならない
ジョージ・オーウェルの「1984年」には、「二重思考」という概念が登場する。互いに矛盾する二つの信念を同時に持ち、どちらも真実として受け入れる能力のことだ。オーウェルはこれを全体主義的支配の道具として描いたが、私は産業医という仕事の中でこれに似た認知的緊張状態を日常的に経験してきた。
企業から報酬を得ながら労働者を守る。制度の枠内で機能しながら制度の限界を知っている。数字を運用しながら数字が人を救わないことを知っている。面談を行いながら、面談が本質的な解決に繋がらない場合があることを知っている。
これは偽善の話ではない。むしろ構造的に不可避な緊張であり、この緊張を感じ続けることが、装置に成り下がらないための唯一の方法かもしれないとも思っている。カミュが言ったように、不条理を直視した上でなお生きることを選ぶ、というのに近い何かだ。シーシュポスは岩を頂上まで運び、また転がり落ちるのを知りながら再び運ぶ。カミュはシーシュポスを幸福だと言った。私はそこまで楽観的にはなれないが、そこに留まり続けることの意味は、なんとなく理解できる気がする。
過労死ラインという数字は、人間を守るために作られた。しかしその数字が、守れなかった人間の記録でもある。この二重性を抱えたまま、制度の中に立ち続けることを選んでいる人間が、産業医という職種の中にも少なからずいる。そして私もその一人だった時間が、確かにある。
80時間というラインは、誰かが死んだ後に引かれた線だ。次の線が引かれないための努力をしながら、次の線がいつか引かれることも、薄々知っている。これが根拠のある絶望の上に立つ、ということの実感だ。
── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。
著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。
医師監修:精神科医 近澤 徹
Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。
- 医療法人鳳應会 理事長
- 北海道大学医学部卒
- 慶應義塾大学病院
- 東京女子医科大学病院 研究員
- 名古屋市立大学病院 客員研究員
- 日本医師会認定産業医 / 精神科医
- 株式会社Medi Face 代表取締役医師
- 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
- Z産業医事務所 代表医師
- Medi Lex 代表医師
- 須賀法律事務所 顧問医師
- 日韓美容医学学会 常任理事
- FRAISE CLINIC 統括医師
- 日比谷セントラルクリニック 副院長
- EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
- アイエスクリニック六本木 統括医師
- ルナビューティークリニック池袋 統括医師
- 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院








