精神科医と構造主義──見えない「構造」を診るという営み

精神科と構造主義

精神科医として日々患者と向き合っていると、時折「何を診ているのか」と自問することがある。目に見える症状、語られるエピソード、採血や画像といった客観的データ。それらを組み合わせ、診断名を与える。だが、それで人間が診られたと言えるのだろうか。

精神医学が扱うのは、ある意味「構造」の病である。
構造主義はレヴィ=ストロースやミシェル・フーコーを筆頭として1960年代のフランスで花開いた哲学的潮流だが、私にとってそれは学問というよりも、臨床の方法論そのものである。構造主義とは、表層に現れる個別の出来事の背後に、繰り返される法則性=構造があるという認識である。精神科医の営みとは、まさにこの「見えない構造」を仮説的に読み解き、組み立て、そして解きほぐす作業に他ならない。

たとえば、ある女性が「いつも同じようなダメな男を好きになってしまう」と語るとき。
それは性格の問題ではない。背後には、彼女の無意識に刷り込まれた「心理の構造」がある。もしかするとそれは幼少期に形成された「承認=痛み」モデルかもしれないし、トラウマ体験によるものかもしれない。彼女が特定の男に惹かれるのは、無自覚に自らの心の構造に沿って生きようとしているからである。

精神科医は、症状を診るだけでは足りない。構造を診なければならない。
しかも、その構造は一人の人間の中に閉じているのではなく、文化や言語、社会制度の中にすら織り込まれている。つまり、個別具体的なケースに内包される構造(=ミクロ)と社会全体の枠組みの中において規定される個人という構造(=マクロ)の両方からダイナミックに分析を進める必要がある。

うつ病という診断がこれほどまでに増えたのはなぜか?
なぜ「自分らしく生きたい」という願望が、かえって人を追い詰めるのか?
そこには、近代という歴史の構造、市場経済という社会の構造、そしてSNSによって加速された「自己演出」の構造と、それによって他者との比較を余儀なくされるようなシステムが皮肉なことにより現代人の「孤独感」を助長し、かつそれらが複雑に交差している。

心理構造の解剖という営み

構造学に基づく心理構造の解剖は、あまりにも興味深い。
そして奇妙なことに、多くの人々はこの領域を軽視している。だが、目を凝らして観察すればするほど、人間の心の活動には、驚くほど精緻なパターンや明確な構造が浮かび上がってくる。

この認識は、決して構造主義に始まったものではない。
ジークムント・フロイト博士は、無意識の中に反復される欲動の構造を見出し、夢・症状・言い間違いの中に「隠された秩序」を探った。
カール・グスタフ・ユングは、個人心理の深層に集合的無意識という文化横断的な構造原理を仮定し、元型(アーキタイプ)という象徴装置を通じて人間の内面を読み解こうとした。

両者の業績は、現代の構造主義的精神分析──ジャック・ラカンの「象徴界」「想像界」「現実界」の三構造モデルなど──にも連なる。
そして今、私たち臨床の現場にいる精神科医もまた、フロイトやユングの遺産を、患者一人ひとりの内的構造に適用し、手術台のように精密に心理の組成を観察する必要があるのだ。

構造を読む、構造を書く

私が精神科医として診るのは、単なる「症状」ではなく、「構造」である。
そしてその構造は、常に物語のかたちをしている。
患者は、自分という一冊の書物を持ってやってくる。ページの順序は乱れ、文法は混乱し、結末は不明だ。私の仕事は、それを一緒に読むこと、そして時に、書き直すことでもある。

精神科医とは、心の背後にある構造を見抜こうとする分析者であり、そこに流れる意味を言語化する翻訳者でもある。
今日も私は、一人ひとりの語りの中に織り込まれた秩序を読み取りながら、
個人の物語の奥底に時代の影響と無意識の痕跡が交差する瞬間に耳を澄ませている。

近澤徹 医師の写真

医師監修:精神科医 近澤 徹

Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。

  • 医療法人鳳應会 理事長
  • 北海道大学医学部卒
  • 慶應義塾大学病院
  • 東京女子医科大学病院 研究員
  • 名古屋市立大学病院 客員研究員
  • 日本医師会認定産業医 / 精神科医
  • 株式会社Medi Face 代表取締役医師
  • 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
  • Z産業医事務所 代表医師
  • Medi Lex 代表医師
  • 須賀法律事務所 顧問医師
  • 日韓美容医学学会 常任理事
  • FRAISE CLINIC 統括医師
  • 日比谷セントラルクリニック 副院長
  • EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
  • アイエスクリニック六本木 統括医師
  • ルナビューティークリニック池袋 統括医師
  • 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院

編集部

Medi Face Journal編集部は、医療・テクノロジー・キャリア・ウェルビーイングといった領域を横断し、“いま本当に知るべきこと”を掘り下げて伝える専門メディアチームです。 医師・研究者・編集者・エンジニアなど、異なる背景を持つメンバーが集い、精神医療から産業ヘルスケア、医療人材のリアルまで、多角的な視点で「医療という営み」の本質に迫ります。

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