再発を「想定外」にする復職支援は、なぜ壊れた設計のまま動き続けるのか

カミュは『シーシュポスの神話』の中で、岩を山頂まで運び、転がり落ちるのを見届け、また運び上げるという永劫の反復を、不条理の象徴として描いた。だが彼はこう続けた。「シーシュポスは幸福であると想像しなければならない」と。私はこの一節を読むたびに、職場復帰支援という営みのことを考えてしまう。岩は転がり落ちることがわかっている。それでも運び上げる。問題は運ぶことではなく、「今度こそ落ちないはずだ」と毎回本気で信じてしまう構造にある。

復職支援の現場で何年も仕事をしてきた人間として言うが、再発率の統計は残酷なほど安定している。うつ病の再発率は初回エピソード後の5年以内で60〜80%とも言われ、回数を重ねるごとに再発閾値は下がる。これはキンドリング現象として神経科学的にも説明可能であり、「気の持ちよう」や「根性」の次元の話ではない。にもかかわらず多くの復職支援プログラムは、再発を例外事象として、つまりプログラムの「失敗」として処理する。

この認識のズレそのものが、支援の失敗を生産し続けている。

再発を前提に組まれていない支援とは、ある意味でソフトウェアのベータ版を本番環境に永遠に置き続けるようなものだ。バグが出るたびに「想定外でした」と言いながらパッチを当てる。バグが出ることを仕様として組み込まない。結果として当事者は、回復の過程で起きた再燃を「自分の失敗」として内面化し、支援者は「もっと丁寧にやればよかった」という無根拠な後悔に浸る。誰も構造を疑わない。

完治モデルという呪縛──感染症パラダイムの誤配

近代医学が感染症との戦いで育ってきたことは、思想史的に見て非常に重要な文脈を持っている。コッホが結核菌を発見し、パスツールが病原体論を確立した19世紀後半以降、医学の根本的な設計思想は「原因を特定し、除去し、治癒する」という線形モデルに基づいてきた。外敵を殺せば宿主は回復する、という美しくシンプルな物語だ。

精神疾患、とりわけストレス関連障害や気分障害に、この感染症モデルをそのまま適用することの暴力性について、もっと真剣に議論されるべきだと私は思っている。抑うつ状態の「原因」は細菌のように単一ではなく、遺伝的脆弱性、発達的素因、職場環境、対人関係、認知スタイル、身体的コンディション、季節すら関与するマルチファクタリアルな現象だ。これを「除去して完治」の文法で語ることは、熱力学的平衡を「一度達成すれば維持される」と信じるようなものに近い。系は常に外部から揺らされる。

ホメオスタシスという概念を誤って理解している人は多い。ホメオスタシスは「完全な安定」ではなく、「揺らぎの中での動的平衡」だ。体温は37度に固定されているのではなく、常に上下しながら平均を保つ。精神的健康もまた、揺らぎを含んだ動的プロセスとして設計されているのに、復職支援はしばしば「揺らぎゼロ状態」の達成と維持を目標に設定してしまう。

これは余談になるが、攻殻機動隊の草薙素子が「個としての連続性」について悩む場面がある。彼女のゴーストは本物か、という問いだ。復職支援における「回復した自分」の問題も、これに似た位相を持っている。再発を経た後の「自分」は、以前の「自分」と連続しているのか。そして支援者が守ろうとしている「健康な状態」は、いったいどの時点のスナップショットなのか。この問いを無視したまま「元の状態への回復」を目標にすることは、存在論的な混乱を孕んでいる笑。

再発は誤作動ではなく、系の応答である

システム論的に見れば、再発とは「系が外部ストレスに対して応答している」状態として捉えることができる。これは医学的な弁護ではなく、構造的な記述だ。職場環境が変わっていない、本人の認知スタイルが更新されていない、あるいは単純に睡眠や身体管理が崩れたという条件が揃えば、系は以前と同じ出力を返す。当然のことだ。

遺伝的アルゴリズムの話をしてもいいか。進化的最適化において重要なのは、特定の解を「正解」として固定することではなく、環境の変化に対して解の探索を続ける能力を維持することだ。最良の個体が固定されると、環境が変化した瞬間にその個体は脆弱になる。多様性と変動性こそが、長期的なロバストネスの源泉になる。精神的なレジリエンスも、これと構造的に同型だと私は思っている。「絶対に再発しない強固な状態」を目指すことは、遺伝的多様性を削ぐことに等しく、むしろ次のショックへの脆弱性を高める可能性がある。

1990年代にハーバード大学の研究グループが行ったうつ病の縦断研究では、初回エピソードの「完全寛解」を達成したとされた患者群の長期追跡において、残遺症状の有無が再発率に強く相関することが示された。つまり「症状がなくなった」と「安定している」は別の事象であり、後者を支えるのは症状の消失ではなく、揺らぎへの対応能力だという示唆が含まれている。支援の終点を「症状消失」に置くことの問題がここに現れる。

支援者が「再発」を恐れる理由──評価軸の問題

支援者側が再発を前提とした設計を採用しない理由は、当事者への配慮だけではない。組織的・制度的な評価軸の問題が深く絡んでいる。多くの企業における復職支援の成否は、「復職後に再度休職したか否か」というバイナリな指標で測定される。これは産業保健の現場でも、外部EAP機関への評価においても、半ば暗黙の標準になっている。

この評価軸のもとでは、再発を前提とした支援設計は「最初から失敗を想定している」という批判を招きやすい。支援者は再発ゼロを目指しているという姿勢を見せなければ、善意の人間として評価されない。これはジョージ・オーウェルが描いた、真実ではなく空気を産出し続けるシステムと構造が似ている。言語が思考を制約するように、評価指標が支援の設計思想を制約してしまう。

ちなみに私が面白いと思うのは、がん治療の世界では「5年生存率」という指標が広く使われており、再発のリスクは治療計画の中に最初から組み込まれているという点だ。初発治療の段階から「いつ、どのような状況で再発が起きやすいか」「再発時の対応はどうするか」を患者と共有することが、標準的な良質医療とされている。精神疾患の復職支援でこれをやると、なぜか「ネガティブだ」「モチベーションを下げる」という反応が返ってくる。この非対称性は興味深い笑。

「再発後」を設計に含む支援とは何か──構造の話だけをする

ここで「では具体的にどうすればいいか」という方向に進むつもりはない。それは別の種類の文章になる。私がここで考えたいのは、「再発を前提とした設計」とはどういう構造的特徴を持ちうるか、という問いだ。

まず前提として、再発を「プログラムの失敗」ではなく「系の応答」として位置づけることが要る。これは言葉の問題だけではなく、関与するすべての主体——当事者、主治医、産業保健職、上司、人事——が共有する認識論の問題だ。認識論が変わらなければ、ツールや手順をいくら精緻化しても、岩は転がり落ちるたびに「想定外」として処理される。

次に、支援の終点の設定を変える必要がある。「復職して安定している」という状態は終点ではなく、継続的なモニタリングの中の一点に過ぎない。慢性疾患の管理モデル、つまり完治ではなく「共存と管理」を基本設計にしているモデルが参照点になる。糖尿病の患者が血糖値の変動を前提として日常生活を設計するように、精神的脆弱性を抱えた人間が変動を前提として働き方を設計できる状態を目指すこと。これは諦めではない。むしろ現実への誠実な接触だ。

そして最後に、支援関係の継続性の問題がある。多くの復職支援は「復職成立」で支援関係を終了させる。これは構造的に誤りだ。再発リスクが最も高い時期のひとつは、復職後の数ヶ月間であることが複数の研究で示されている。支援を最も必要とするタイミングに支援関係が消滅する。この逆説は、制度設計の貧困さを如実に示している。

根拠のある絶望と、そこから育つもの

再発するという現実を直視することは、絶望ではない。少なくとも、無根拠な楽観よりは誠実だ。カミュが言った意味でのシーシュポスの幸福は、岩が落ちないという幻想の上にではなく、落ちることを知りながら歩いて降りる静けさの中にある。

SF作品『順列都市』の中でグレッグ・イーガンは、複製された意識が「どの時点のコピーが本物か」という問いに直面する場面を描いている。再発後の当事者が「自分はまた戻ってしまった」と語るとき、彼らが感じているのはおそらく、本来の自分から逸脱したという感覚だ。だが逸脱こそが軌跡であり、軌跡こそが連続性の別名でもある。回復とは同じ地点に戻ることではない。それが何なのかは、まだ私にも言語化できていない。

設計の問題を問い続けることが、私にできる唯一の誠実さかもしれない。

── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。

著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。

近澤徹 医師の写真

医師監修:精神科医 近澤 徹

Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。

  • 医療法人鳳應会 理事長
  • 北海道大学医学部卒
  • 慶應義塾大学病院
  • 東京女子医科大学病院 研究員
  • 名古屋市立大学病院 客員研究員
  • 日本医師会認定産業医 / 精神科医
  • 株式会社Medi Face 代表取締役医師
  • 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
  • Z産業医事務所 代表医師
  • Medi Lex 代表医師
  • 須賀法律事務所 顧問医師
  • 日韓美容医学学会 常任理事
  • FRAISE CLINIC 統括医師
  • 日比谷セントラルクリニック 副院長
  • EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
  • アイエスクリニック六本木 統括医師
  • ルナビューティークリニック池袋 統括医師
  • 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院

編集部

Medi Face Journal編集部は、医療・テクノロジー・キャリア・ウェルビーイングといった領域を横断し、“いま本当に知るべきこと”を掘り下げて伝える専門メディアチームです。 医師・研究者・編集者・エンジニアなど、異なる背景を持つメンバーが集い、精神医療から産業ヘルスケア、医療人材のリアルまで、多角的な視点で「医療という営み」の本質に迫ります。

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