1986年1月28日、フロリダの空は晴れていた。NASAのエンジニアたちの一部は前夜から懸命に反対意見を述べていた。Oリングが低温で機能しないかもしれない、と。しかし会議の空気は、彼らの声をある種の「空気圧」で押しつぶした。上司は言った。「エンジニアの帽子を脱いでマネージャーの帽子をかぶれ」。その73秒後、スペースシャトル・チャレンジャーは空中で分解した。7人が死んだ。
私がこの事故を最初に知ったのはもう随分前のことだが、あの「帽子をかぶれ」という命令の構造が、ずっと頭の中に引っかかっている。あの瞬間に起きたことは、技術的な失敗ではなかった。情報の流通を妨げる社会的重力場の失敗だった。Oリングの物性は変わっていない。変わったのは、その情報が「言える」かどうかという心理的・組織的コンテクストだった。
日本では「波風を立てない」という行動規範が、美徳として流通している。これは別に日本固有の話ではないが、特に日本においてそれは集団的洗練の証として扱われる節がある。会議で異論を述べないのは協調性だ、と。空気を読むのは知性の一形態だ、と。その解釈が正しい場面もあるにはある。しかし私が産業現場や組織を観察してきた経験から言えば、その「美徳」が機能するのは、システムがすでに正常稼働しているときに限られる。システムに歪みが生じているとき、沈黙は燃料になる。
思索の出発点として、一つ問いを立てておきたい。「波風を立てない」という行動は、果たして倫理的に中立なのか。それとも、ある種の共犯関係に加担する行為なのか。
フィードバック不全と、ホメオスタシスの誤作動
生物学的に言えば、ホメオスタシスはフィードバックループで成立している。体温が上がれば汗をかき、血糖が上がればインスリンが出る。これは「逸脱の検知」と「修正信号の送出」という二段階で機能するシステムだ。逸脱を検知しても修正信号を送らなければ、ホメオスタシスは維持されない。当たり前のことを言っているようだが、組織論に置き換えると途端に複雑になる。
組織において、エラーや異常の「検知者」はたいてい現場にいる。現場の作業者、末端の担当者、新入りの人間、外部委託業者。彼らは異常に最も近い場所にいる。しかし「修正信号の送出」つまり「これおかしくないですか」という発話は、組織のヒエラルキーという減衰器を通過しなければならない。階層を上がるごとに信号は弱まり、歪み、場合によっては消去される。ホメオスタシスの回路が、組織の文化によって物理的に遮断されている状態だ。
これは余談ですが、高分圧酸素の話を少しだけ。潜水医学において、酸素分圧が高すぎると酸素中毒を引き起こす。酸素は生命維持に必要なのに、多すぎると毒になる。「協調」や「調和」も同じ構造を持っている。ある水準までは組織を安定させる。しかし過剰になると、逸脱シグナルを毒として排除し始める。「あいつはまた文句を言っている」という解釈は、酸素中毒の神経症状に似ている。必要な信号を、有害なノイズと誤認するのだ。
「言えない」の構造学——心理的安全性という概念が誤解される理由
エイミー・エドモンドソンが「心理的安全性」という概念を提唱したのは1990年代だが、この概念は日本で奇妙な変容を遂げた。「みんなが仲良く発言できる職場環境を作ろう」という、ほぼ福祉的な文脈で消費されている。しかしエドモンドソンが測定しようとしていたのは、もっと尖った現象だ。端的に言えば、「不都合な真実を言える状態かどうか」だ。心地よい発言ができることではなく、耳の痛い観察を報告できるかどうか。
「言えない」という状態は、感情の問題ではなく構造の問題だと私は思っている。恐怖、羞恥、予測される報復、過去の事例から学習した「言っても無駄」という合理的推論――これらが積み重なって形成される行動パターンは、もはや個人の勇気でどうにかなる問題ではない。遺伝的アルゴリズムに少し似ている。ある環境で「沈黙」が生存に有利なら、沈黙する個体が残る。世代を超えて学習・強化された行動は、個体への圧力では変わらない。環境の設計を変えなければならない。
航空業界がここ数十年で劇的に安全になった理由の一つは、CRM(クルー・リソース・マネジメント)という訓練体系を導入したことにある。副操縦士がキャプテンの判断に異議を唱えることを、手順として組み込んだ。「文化」を変えようとしたのではなく、「手順」を変えた。これは重要な転換だった。倫理的な訴えかけではなく、構造的な介入だ。言えるかどうかは、勇気の話ではなく設計の話だという認識がそこにある。
ハンナ・アーレントが見た「悪の凡庸さ」と、組織的沈黙の相似形
ハンナ・アーレントがアイヒマン裁判を傍聴して書いた言葉は、今も私の思考の中で静かに燃えている。アイヒマンは怪物ではなかった。彼はただ、考えることをやめた平凡な官僚だった。命令に従い、波風を立てず、自分の役割を粛々と果たした。その先に何があるかを、彼は問わなかった。アーレントが「悪の凡庸さ」と呼んだのはそういう状態だ。
組織的な事故や不正の解剖をしていると、この構造と何度も出会う。誰も「悪をやろう」と思っていない。ただ、それぞれが自分の役割をこなし、波風を立てず、異常を検知しても発信せず、次の会議に向かった。個々の行為の総体が、誰も意図しなかった破局を設計していた。アーレントの観察は、ナチズムへの告発であると同時に、あらゆる組織への警告として機能する。
ちなみに、これは完全に蛇足ですが、攻殻機動隊の第一話で草薙素子が言うセリフを思い出す。「人形使いはネットの海に潜み、意図せぬ悪を実行する」。意図せぬ悪、という表現は鋭い。意図がないことが免責にならないという現実を、SFは時々哲学より先に言語化する(笑)。
沈黙の累積と、事故の「設計期間」について
チャールズ・ペローは著書『Normal Accidents』の中で、複雑なシステムにおける事故は「正常」だと論じた。複雑かつ密結合したシステムでは、小さな逸脱が連鎖的に増幅され、設計者の想定を超えた破局を引き起こす。これを「正規事故理論」と呼ぶ。ここで重要なのは、事故は突然起きるのではなく、長い「設計期間」を持つということだ。
私が観察してきた組織的な事故や崩壊には、ほぼ例外なく長い沈黙の歴史がある。誰かが気づいていた。誰かは言おうとした。しかしその声は減衰し、記録されず、次第に当人も「気にしすぎだったかもしれない」と思い直した。この認知的な撤退は、外部からの圧力だけで起きるわけではない。社会的な摩擦を避けようとする人間の神経系が、自分自身の観察を上書きする。これは精神的な適応の機制だが、組織の健全性にとっては致命的だ。
沈黙は中立ではない。沈黙は、現状への票決だ。それが健全なシステムへの票決であれば問題ない。しかし歪みを帯びたシステムへの沈黙による票決は、その歪みを強化する。これを個人の選択の問題に矮小化することは、構造の問題を個人の道徳問題にすり替える典型的な誤りだ。
それでも「言う」ことの非合理性と、それを超えるもの
合理的な観点から言えば、多くの場合「言わない」ほうが個人にとって得だ。言ったところで変わらないかもしれない。評価が下がるかもしれない。関係が悪化するかもしれない。これは感情的な恐れではなく、過去の経験から導かれた合理的推論だ。特に、過去に「言って損をした」という学習が積み重なった環境では、この推論はほぼ正確だ。
だから「勇気を持って発言しよう」という訴えかけは、構造に対してほぼ無力だ。個人に対して超合理的な行動を期待することは、システムのコストを個人に転嫁しているにすぎない。これを私は「勇気のアウトソーシング」と呼んでいる(笑)。
ただ、それでも時々、合理性を超えて言う人間がいる。チャレンジャーの件で言えば、ロジャー・ボジョリーというエンジニアは打ち上げ前夜まで反対し続けた。事故後もその記録を公表し、NASAを批判し続け、業界での仕事を失った。彼の行為は合理的ではなかった。しかし彼の証言がなければ、事故の構造的原因はずっと隠蔽されたままだったかもしれない。
彼が動いたのは勇気だったのか、義務感だったのか、単なる気質だったのか、私にはわからない。ただ、彼のような人間が稀に存在するという事実と、彼のような人間を組織が体系的に消耗させるという事実は、同時に目に入れておく必要がある。根拠のある絶望の上に立つなら、そこまで見ておかないと誠実ではない。
波風を立てないという文化の最大の問題は、波風を立てる人間を「問題のある個人」として処理する点だ。そうして逸脱検知器を一つずつ取り外し、ある日、そのシステムは晴天の空の下で静かに分解する。
── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。
著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。
医師監修:精神科医 近澤 徹
Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。
- 医療法人鳳應会 理事長
- 北海道大学医学部卒
- 慶應義塾大学病院
- 東京女子医科大学病院 研究員
- 名古屋市立大学病院 客員研究員
- 日本医師会認定産業医 / 精神科医
- 株式会社Medi Face 代表取締役医師
- 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
- Z産業医事務所 代表医師
- Medi Lex 代表医師
- 須賀法律事務所 顧問医師
- 日韓美容医学学会 常任理事
- FRAISE CLINIC 統括医師
- 日比谷セントラルクリニック 副院長
- EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
- アイエスクリニック六本木 統括医師
- ルナビューティークリニック池袋 統括医師
- 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院








