再発を防ぐ最大の薬が職場の迎え方である、という命題について私は今日も考えている

1944年の冬、ハンガリー出身の精神科医ヴィクトール・フランクルはアウシュビッツに収容されていた。彼が後に記したことは有名だが、私が繰り返し引っかかるのは、収容所を生き延びた人間の特徴についての観察ではなく、解放後の話だ。フランクルは書いている。収容所の門が開いた瞬間、多くの者は茫然と立ち尽くした、と。自由を夢見ていたはずの人間が、いざ外に出ると何をすればいいかわからなくなった。長期にわたる極限環境は、神経系の「外部への応答モード」を根本から書き換えてしまう。これは比喩ではない。神経可塑性の話だ。

うつ病からの回復過程も、構造的には似た問題を孕んでいる。数ヶ月にわたって職場という環境から切り離された神経系は、静寂に最適化される。睡眠、刺激の少ない生活、対人接触の最小化。これはホメオスタシスの観点から言えば、生体が新しい均衡点を見つけた状態だ。病的な均衡ではあるが、均衡は均衡だ。その均衡を壊すのが復職というイベントであり、だからこそ復職は「治癒の完成」ではなく「二回目の臨界点」なのだと私は理解している。

世間の通俗的な理解によれば、うつ病は「治って」から職場に戻る。治った人間が戻れなければ本人の問題で、戻れたとしてもそこでまた倒れれば意志の問題か、あるいは治療が不十分だったということになる。この物語は職場を透明な容器として扱っている。中に何を入れるかだけが問題で、容器そのものは問われない。しかし実際のところ、容器の方が中身を変えることは珍しくない。いや、むしろそちらの方が一般的だと言っていい。

問いを立て直す必要がある。再発を防ぐとはどういう事態を指すのか。そして、その事態を可能にする条件は、個体の内部にあるのか、それとも個体が帰還する環境の構造にあるのか。私はこの問いを、今日も診察室の外側で、つまり会社という場所で観察し続けている。

生態学的ニッチとしての職場、あるいは「帰る場所」の生物学

生物学には「生態学的ニッチ」という概念がある。簡単に言えば、ある生物が生存・繁殖できる環境条件の多次元的な空間のことだ。重要なのは、ニッチは固定されていないという点で、個体と環境は相互に作用しながら互いを変形させていく。進化生物学者リチャード・レウォンティンが「有機体は環境を構築する」と言ったのはまさにこの意味だ。

職場もまた、一種のニッチだ。そこには権力勾配があり、情報の流れがあり、暗黙のルールと明示的なルールの乖離があり、感情の地雷原がある。休職前の個体はそのニッチに適応していた、あるいは適応しようとして疲弊した。いずれにせよ、ある種の均衡がそこにはあった。休職はその均衡を破壊する。問題は、休職中に職場というニッチが変化し続けるという事実だ。人が入れ替わり、プロジェクトが動き、上司が変わり、チームの力学が書き換えられる。復職者が帰ってくるのは、出ていった職場ではない。似た名前を持つ、別のニッチだ。

2020年代に入ってから、職場復帰支援(リワーク支援)の文脈では「段階的復職」が標準的な語彙になった。しかしその大半は個体側の準備に焦点を当てている。週3日から始める、午前中だけにする、軽作業から入る。これは理にかなっている。ただ、ニッチ側の準備については驚くほど語られない。迎える側の神経系、つまり職場というシステムが復職者をどう処理するかについて、組織は驚くほど無頓着だ。

ちなみに全く余談だが、攻殻機動隊の草薙素子が義体を換装するたびに「自分は同一の存在か」という問いと格闘するシーンがある。私が復職支援の文脈でこれを思い出すのは、戻ってきた人間も、迎える職場も、どちらも「以前と同一ではない」という意味において、あの問いと構造が重なるからだ。誰が戻ってきたのか。何が迎えるのか。どちらも問われていない。

迎え方の失敗が作るもの、あるいはノセボ効果の組織版

医学には「ノセボ効果」という概念がある。プラセボが「偽薬が治癒をもたらす」現象なら、ノセボは「害になると信じることが実際に害をもたらす」現象だ。これは単なる心理的な話ではなく、神経内分泌系の実測値として確認されている。コルチゾールが上がり、免疫指標が変化し、痛みの閾値が下がる。信念が生理を動かす。

さて、復職初日の職場での迎え方を想像してほしい。同僚の視線が一瞬止まる。誰かが「お体の具合はいかがですか」と、やや過剰な配慮で声をかける。上司が「無理しないでね」と繰り返す。会議での発言機会が減らされ、重要な案件から外される。これらは全て善意から来ている可能性が高い。しかし神経系にとっては、これは明確なシグナルだ。「お前はまだ壊れている。お前は信頼されていない。お前はここに完全には属していない」。

これはノセボの組織版だ。善意の配慮が、「自分はまだ病人だ」という自己認識を強化し、その認識が実際に生理的なストレス反応を引き起こし、パフォーマンスを下げ、自己効力感を侵食する。フィードバックループが閉じる。これは個体の脆弱性の問題ではなく、環境が発するシグナルの問題だ。

逆のケースも私は知っている。復職者を「久しぶり、ちょうどよかった、これ手伝ってくれ」と普通に迎えた職場がある。過剰な配慮もなく、特別扱いもなく、ただそこにいる一員として機能の場を与えた。その人は再発しなかった。医学的に言えば「当然ではないか」と思われるかもしれない。しかし現実の職場でこれを実行できているところは驚くほど少ない。善意の罠というのはそういうものだ。

組織とは何か、あるいはホメオスタシスを持つ生命体として

私は組織を生命体として見る習慣がある。これは比喩的修辞ではなく、半ば文字通りの意味で言っている。組織には恒常性維持機構がある。ある種の人材が抜けると、その機能を別の要素が補完しようとする動きが起きる。新しい情報が入ると、既存の認知枠がそれを既知のカテゴリに押し込もうとする免疫反応が起きる。これはホメオスタシスと呼んで差し支えない。

そして生体のホメオスタシスと同様、組織のホメオスタシスも、変化に対して最初に示す反応は「拒絶」だ。移植拒絶反応と言い換えてもいい。復職者は、ある意味で「一度外に出て変化した細胞」として職場に戻ってくる。変化した細胞を組織の免疫系が排除しようとする動きは、悪意ではなくシステムの論理として起きる。

これは余談ですが、順列都市というグレッグ・イーガンのSF小説に、シミュレーション内の存在が「外部の変化から独立した形で自己を維持できるか」という問いをめぐる思考実験がある。組織における復職者の問題は、これと鏡像関係にある。組織の変化から独立して「以前の自分」を維持しようとすれば摩擦が生じ、逆に組織に溶け込みすぎれば自己が消える。この緊張は解消できるものではなく、管理するものだ。

復職支援の文脈で「職場環境の整備」が語られるとき、多くの場合それはハラスメントの排除や業務量の調整を意味している。しかし私が言いたいのはそこではない。組織というシステムが復職者という異物をどう処理するか、そのアルゴリズムを意識的に書き換えることができるか、という問いだ。これは制度の問題ではなく、文化の問題であり、文化は制度より遥かに書き換えが難しい。

「普通に扱う」という最も難しい技術

かつてミシェル・フーコーは、近代の精神医学が狂気を「正常からの逸脱」として定義することで、同時に正常の境界線を引く権力装置として機能したと指摘した。監視と処罰の論理は、病院の外でも働いている。休職者・復職者を「特別な存在」として扱うことは、善意の形をした排除だ。

「普通に扱う」は実践として極めて難しい。過剰な配慮を避けながら、しかし無視でもなく、負荷をかけすぎず、しかし軽くも扱わず。この非線形な均衡点を毎日更新し続けることは、繊細な技術を要する。マネジメントとしてこれを意識的に行っている組織を、私は何社か知っている。共通しているのは、「何かあれば言って」ではなく「今日はこれをやってほしい」と具体的な役割を与えているという点だ。役割は存在の根拠になる。存在の根拠があると、人は自己効力感を取り戻せる。これは感情論ではなく、バンデューラの自己効力理論の実装の話だ。

笑えないのは、こうしたことを「人事施策」として外部コンサルに委託し、マニュアルを作り、研修を開き、しかし現場の空気は一ミリも変わらないという事態が日常的に起きていることだ(笑)。文化は言語で変わるのではない。繰り返される行動の蓄積によって変わる。そして行動を変えるには、行動している人間の認知が変わらなければならない。認知を変えるには、時間と摩擦と、おそらくは何度かの失敗が必要だ。これは遺伝的アルゴリズムに似ている。正解を一発で出力するシステムではなく、世代を重ねながら解に近づいていくプロセスだ。

薬の話を最後にする

私はこの記事を「再発を防ぐ最大の薬が職場の迎え方である」というテーゼから書き始めた。しかし今更「薬」という比喩に少し引っかかっている。薬は投与するものだ。投与する側と投与される側が分かれている。しかし私が観察してきた限り、職場の迎え方と復職者の状態は相互に作用する非線形な関係にあり、一方向の因果では記述できない。復職者が元気そうに振る舞えば職場も普通に接しやすくなり、職場が普通に接すれば復職者の状態が改善する。逆方向も然りだ。

だから「薬」よりも「培養液」という比喩の方が正確かもしれない。培養液の組成が悪ければ、どれほど良い細胞も育たない。しかし培養液だけ良くても、細胞そのものが死んでいれば意味がない。両者が相互に条件を作り合っている。この相互性を忘れたまま、個体だけを治療しようとする試みは、高分圧酸素療法を間違った圧力で行うようなものだ。理論は正しくても、適用の仕方が現実と噛み合っていない。

人は環境から独立して存在できない。これはカントが超越論的観念論で言おうとしたことと、少し構造が似ている(全く違う話かもしれないが)(笑)。認識する主体と認識される対象は分離不可能であり、主体の条件が対象の見え方を決める。職場という環境と、そこに帰ってくる人間は、お互いの条件を作り合っている。どちらかだけを変えようとする試みは、半分の答えしか持っていない。

残りの半分を誰が持つのか、という問いに、私はまだ答えを持っていない。持っていないまま、今日も観察を続けている。

── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。

著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。

近澤徹 医師の写真

医師監修:精神科医 近澤 徹

Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。

  • 医療法人鳳應会 理事長
  • 北海道大学医学部卒
  • 慶應義塾大学病院
  • 東京女子医科大学病院 研究員
  • 名古屋市立大学病院 客員研究員
  • 日本医師会認定産業医 / 精神科医
  • 株式会社Medi Face 代表取締役医師
  • 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
  • Z産業医事務所 代表医師
  • Medi Lex 代表医師
  • 須賀法律事務所 顧問医師
  • 日韓美容医学学会 常任理事
  • FRAISE CLINIC 統括医師
  • 日比谷セントラルクリニック 副院長
  • EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
  • アイエスクリニック六本木 統括医師
  • ルナビューティークリニック池袋 統括医師
  • 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院

編集部

Medi Face Journal編集部は、医療・テクノロジー・キャリア・ウェルビーイングといった領域を横断し、“いま本当に知るべきこと”を掘り下げて伝える専門メディアチームです。 医師・研究者・編集者・エンジニアなど、異なる背景を持つメンバーが集い、精神医療から産業ヘルスケア、医療人材のリアルまで、多角的な視点で「医療という営み」の本質に迫ります。

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