エースが「まだ大丈夫です」と言う夜に──ホメオスタシスという名の嘘について

1943年、アメリカの生理学者ウォルター・キャノンが「ホメオスタシス」という概念を世に広めたとき、彼はそれを身体の知恵として讃えた。体温が上がれば汗をかき、血糖が下がればグルカゴンが分泌される。この自律的な平衡維持こそが、生命を生命たらしめる根幹だと。その理解は今も正しい。ただし、ホメオスタシスが守るのは「現在の状態」であって、「健全な状態」ではない、という点をキャノンは十分に強調しなかった──あるいは、そこまでは考えていなかったのかもしれない。

人間の身体は、慢性的な疲弊状態でも、その疲弊を「新しい平衡」として採用する。コルチゾールが慢性的に高い状態が続くと、HPA軸はその高値を「正常値」として再定義し始める。副腎疲労の末期に近い状態でも、当人の主観的な体感は「まあ、いつも通り」になる。これは精神的な強靭さでも、プロフェッショナリズムでもない。ただの、適応という名の鈍化だ。

「まだ大丈夫です」という言葉を、私は産業医の現場で何百回と聞いてきた。そしてその言葉を発した人間の何割かが、その数週間後か数ヶ月後に、突然、壁に激突する。燃え尽き症候群の臨床像はしばしば「突然の崩壊」として語られるが、それは誤解だ。崩壊は突然ではない。ただ、当人の検知システムが最後まで正常に機能しなかっただけだ。

問題はサインを見逃すことではなく、サインを「正常信号」として処理する機構が内部で働いていることにある。これはもう少し丁寧に解体する価値がある。

「大丈夫」は主観的事実ではなく、神経系の出力である

ポール・エクマンの感情研究に対する批判として、リサ・フェルドマン・バレットが「構成された情動理論」を提唱したのは2017年のことだ。感情は刺激に対する反射的な反応ではなく、脳が過去の経験と現在の身体感覚から「能動的に構築する予測」だという主張だ。この理論の射程は、「大丈夫感」にも届く。

慢性的な高ストレス状態に長期間置かれた人間の脳は、「この負荷がデフォルト」という予測モデルを更新し続ける。すると、客観的には限界に近い疲労感があっても、脳はそれを「通常の身体感覚」として解釈し、アラートを発しない。「まだ大丈夫です」というのは、意志や虚勢ではなく、神経系が最新の予測モデルを正直に出力した結果だ。

ちなみに、これは遺伝的アルゴリズムの「局所最適解」の問題に構造的によく似ている。遺伝的アルゴリズムは最適解を探索するが、探索空間のある窪みに嵌まり込むと、そこが「最良の場所」だと判断して探索を止めてしまう。大域的には最悪の谷でも、局所的には底だから動かない。ホメオスタシスと自己評価の歪みは、この局所最適化と同じ罠の構造を持っている。脱出には、外部からのノイズ注入か、評価関数そのものの書き換えが必要になる。

問題は、「大丈夫ではないこと」を示すデータが当人に届いていないのではなく、届いた上で「これが普通」と処理されている点だ。センサーは生きている。ただし、センサーの基準値がずれている。

エース社員がなぜ特にこの罠に落ちやすいか──パフォーマンスの逆説

高パフォーマーほど、この罠が深い。論理は単純だ。高パフォーマーは、過去に高負荷を乗り越えてきた経験を豊富に持っている。つまり、「あの時も大丈夫だった」という学習が蓄積されている。バレットの構成理論で言えば、過去の記憶がより強力な予測モデルの素材になるわけだから、高パフォーマーほど「今回も大丈夫」という予測を生成する能力が高くなる。

ジョージ・オーウェルの『1984年』に「二重思考」という概念がある。矛盾する二つの信念を同時に保持し、どちらも信じられるという心理的技術だ。「自分は疲れている」という知覚と「自分はまだ大丈夫だ」という信念が共存するとき、高パフォーマーは後者を選ぶ。なぜなら彼らはその選択の実績を持っているから。ただし、オーウェルが描いたのは国家による思考の強制だったが、高パフォーマーの場合、それは自発的な、誰に命じられるでもない内部の二重思考だ。ある意味、より精巧で、より危険だ。

さらに言えば、高パフォーマーは往々にして「弱みを見せることへの代償」を学習している。組織の中でエースであることは、「自分が旗を降ろさないこと」によって維持されてきた地位だったりする。弱音を吐くことの社会的コストが、疲弊を認知することのコストを上回るとき、脳は合理的に前者を選ぶ。これは弱さではなく、最適化だ。ただし、最悪の方向への。

崩壊の前兆は「言語」ではなく「文法」に現れる

「まだ大丈夫です」という言葉の内容を信じてはいけない、と私は思っている。内容ではなく、文法を見るべきだ。

具体的には、時制と主語の変化だ。燃え尽きの前段階にある人間の言語には、特有のパターンがある。未来形が消える。「〜したい」「〜するつもりです」という言語が消えて、「〜しなければならない」「〜せざるを得ない」に置換される。主語が「私」から「状況」に移る。「私がやりたい」ではなく「それをやる必要がある」。意志の文法が、義務の文法に書き換わる。

これは余談ですが──哲学者ハンナ・アーレントが全体主義の研究の中で指摘したのも、似たような構造だった。人間が「行為する存在」から「機能する存在」に転化するとき、言語からまず意志が消える。アーレントはそれを政治的文脈で論じたが、個人のバーンアウトの文脈でも同じ転化が起きる。人が「機能」になるとき、燃え尽きはほぼ確定している(笑)。返ってきてください、主語よ、と言いたいが、それが言えるうちはまだ大丈夫なのだから、言えないときが問題なのだという堂々巡りは続く。

もう一つのサインは、抽象度の低下だ。通常、高パフォーマーは問いに対して多層的に答える。戦略と戦術を同時に操作し、短期と長期を行き来する。それが突然、目の前のタスクの話だけになる。視野の縮小は、認知資源の枯渇のサインだ。MRIで見れば前頭前野の活動低下として観測されるであろうその状態を、当人は「集中できている」と感じている場合すらある。

「まだ大丈夫です」が最後の言葉になる理由──過適応という進化の皮肉

進化生物学の文脈で言えば、ストレス耐性の高さは適応度の高さを意味してきた。飢餓に耐え、捕食者から逃げ続け、群れの中で地位を維持する──これらは全て、高いストレス耐性を持つ個体が生き残る選択圧だった。つまり、「消耗を感知しにくい」という特性は、少なくとも狩猟採集社会においては優位性だったかもしれない。

だが現代の組織は、ストレス源が「捕食者」ではなく「締め切り」であり「会議」であり「期待値」だ。物理的な危険ではなく、終わりのない認知的負荷だ。この種の消耗に対して、過去に最適化された生体システムは、致命的に不向きだ。高いストレス耐性を持つ人間ほど、「まだ大丈夫」という出力を維持しながら、細胞レベルでは静かに限界を超えていく。

Animatrixの中の一篇、「Second Renaissance」が描くのは、機械が人間に反乱を起こすまでの経緯だが、あの物語の最も不気味な点は、人間側が「まだ制御できている」と思い続けた期間の長さだ。臨界を超えても、表面上は静かだった。燃え尽きの前夜もそれに似ている。外からは何も変わっていないように見える。本人にも変わっていないように感じられる。ただし、もうすでに引き返せない側に来ている。

観察するということ──それ以上でも以下でもない

私がここで何かを「提案」しようとしているわけではない。そういう文章を書くつもりで始めたわけでもない。

ただ、ホメオスタシスが「今の状態を守る」機構であるという事実は、冷静に眺めておく価値がある。それは身体の知恵でありながら、同時に身体の盲点でもある。平衡を維持しようとするシステムは、その平衡点が正しいかどうかを問わない。安定していれば、それが最善だと判断する。これは生命の合理性であり、同時に生命の傲慢さでもある(笑)。

「まだ大丈夫です」という言葉を聞くとき、私が思うのは、その人の強さでも弱さでもなく、神経系の誠実さだ。その系は、自分が知っている世界の中で、最善の予測を出力している。嘘をついていない。ただ、参照している地図が古い。あるいは、地図そのものが戦場で書き換えられている。

問いは単純だ。あなたの「大丈夫」は、何年前の自分を基準にしているか。その基準を設定したのは、誰か。そしてその基準は、今もまだ有効か。

答えを急ぐ必要はない。ただ、問いは立てておいた方がいい。問いは、センサーの再キャリブレーションの最初の手順だから。答えが出なくても、問いは機能する。

── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。

著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。

近澤徹 医師の写真

医師監修:精神科医 近澤 徹

Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。

  • 医療法人鳳應会 理事長
  • 北海道大学医学部卒
  • 慶應義塾大学病院
  • 東京女子医科大学病院 研究員
  • 名古屋市立大学病院 客員研究員
  • 日本医師会認定産業医 / 精神科医
  • 株式会社Medi Face 代表取締役医師
  • 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
  • Z産業医事務所 代表医師
  • Medi Lex 代表医師
  • 須賀法律事務所 顧問医師
  • 日韓美容医学学会 常任理事
  • FRAISE CLINIC 統括医師
  • 日比谷セントラルクリニック 副院長
  • EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
  • アイエスクリニック六本木 統括医師
  • ルナビューティークリニック池袋 統括医師
  • 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院

編集部

Medi Face Journal編集部は、医療・テクノロジー・キャリア・ウェルビーイングといった領域を横断し、“いま本当に知るべきこと”を掘り下げて伝える専門メディアチームです。 医師・研究者・編集者・エンジニアなど、異なる背景を持つメンバーが集い、精神医療から産業ヘルスケア、医療人材のリアルまで、多角的な視点で「医療という営み」の本質に迫ります。

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