メンタルが強い経営者という神話、あるいは「鋼鉄の船が沈む理由」について

1912年4月14日深夜、タイタニック号は北大西洋の氷山に接触した。周知の通りである。しかし私がいつも興味深いと思うのは、船が沈んだという事実よりも、沈むまでの時間の長さだ。船体が海面下に消えるまでに約2時間40分かかっている。その間、乗客の多くは「この船は沈まない」という確信と、目の前で傾いていく現実のあいだで、認知的不協和の渦の中にいた。船員も、幹部も、乗客も、自分たちが乗っているものの性質を根本的に誤解していた。鋼鉄の船体は、折れないがゆえに曲がれなかった。

私はこれをメタファーとして使いたい誘惑を感じながら、しかしメタファーにしてしまうには少々もったいない事例だと思っている。工学的な事実として、硬い素材は衝撃に対して「分散」ではなく「集中」で応答する。力を逃がさない。全部受け取って、割れる。柔軟な素材は衝撃を身体全体に分散させ、変形しながら生き延びる。この原理は、素材力学の教科書に載っている。そして、なぜか経営論の教科書にはほとんど載っていない。

「メンタルが強い経営者」という言葉が、ある種の褒め言葉として流通している。打たれ強い、動じない、感情に流されない、逆境でも平静を保てる。これらはたしかに、個体として見たとき、生存に有利な形質のように聞こえる。しかし私は長いこと、この「形質」が組織という単位で見たときに何をもたらすかについて、もう少し慎重に考えるべきではないかと思ってきた。答えを出すつもりはないが、少なくとも問いを立てることはできる。

ホメオスタシスという罠、あるいは「安定」が意味する二つのこと

生体には恒常性がある。体温を37度前後に保つ。血糖値を一定範囲に収める。pHを7.35から7.45のごく狭い帯域に維持する。これがホメオスタシスだ。外部の変動を内部で吸収し、システム全体の安定を図る機構である。

ところで、ホメオスタシスには隠れたコストがある。恒常性を維持するためにシステムが払うエネルギーは膨大で、そのエネルギーは他の何かから奪われている。そしてもう一つ、より本質的な問題がある。ホメオスタシスは「平均値への回帰」を志向する。これは言い換えれば、外部の情報を「ノイズ」として処理し、変化の信号を積極的にキャンセルしにかかる機構でもある、ということだ。

経営者が「ブレない」「動じない」ことで組織に何が起きるか。まず、経営者自身の感情反応が情報として機能しなくなる。恐怖は危険の信号だ。不安は不確実性のセンサーだ。怒りは価値侵害の検出器だ。これらの感情を「弱さ」として抑制し、平静を演じることに長けた人間は、情報処理系としての精度を一定程度失っている。個人の安定のために、感知能力をトレードオフしている。

ここで問題になるのは、経営者が組織の「神経中枢」に近い位置にいるという事実だ。末梢の感覚器が何かを感知しても、中枢が「ノイズ」として処理し続けるなら、組織全体が感覚麻痺に陥る。現場で起きている異常が、経営者の「強さ」というフィルターを通過できずに消えていく。

感情の伝染と「モデリング」の暗部

1990年代にジャコモ・リゾラッティのグループがマカクザルで発見したミラーニューロンは、その後の解釈において幾度も乱用され、幾度も修正された。しかし少なくとも、ヒトが他者の行動と感情状態を「内部シミュレーション」によって把握するという現象については、それなりの根拠がある。感情は伝染する。これは比喩ではなく、神経生理学的なプロセスとして記述できる。

リーダーの感情状態は、集団の感情的な基準値を形成する。これは社会心理学では「感情的コンテイジョン(emotional contagion)」として研究されているが、私の関心はむしろその逆向きの効果にある。リーダーが感情を表出しないとき、集団は何を「学習」するか。

モデリングとは、ある行動や態度を「正解」として内面化するプロセスだ。バンデューラがここで必ず出てくる。権威ある人物が示す行動パターンは、観察者にとって「適応的な行動」のテンプレートになる。したがって、経営者が感情を押し殺すことを「強さ」として体現し続けると、組織全体がその「正解」を習得していく。感情を感じることは「弱さ」であり、それを表出することは「プロフェッショナリズムの欠如」であるという文化が、明文化されることなく醸成される。

これは余談ですが、1984年にオーウェルが描いたのは、全体主義による外からの抑圧だけではなかった。ウィンストン・スミスを最終的に破壊したのは、「自分自身の感情を信じることが危険だ」という内面化された検閲だった。外の壁より内の壁の方が、はるかに頑丈で取り除きにくい。この構造は国家組織に限らない。

ダーウィンが見落とした場所、あるいは「適者生存」の誤読について

「適者生存」という言葉は、ハーバート・スペンサーが1864年に造語し、ダーウィン自身が後の版で採用した。しかしこの言葉はほぼ確実に誤読されている。”fittest” は「最強の」ではなく「最も適合した」という意味だ。適合する対象は環境であり、環境は常に変動する。つまり「適者」とは、ある一瞬において現在の環境に最もフィットしている個体であって、次の瞬間に環境が変わればその定義ごと更新される。

ここで興味深いのは、脆弱性と適応性の関係だ。遺伝的多様性が高い集団は、環境変動に対して冗長性を持つ。ある遺伝子型が特定の病原体に弱くても、集団全体は生き残る。逆に、「強い」遺伝子型に均一化された集団は、その遺伝子型が対応できない環境変化に対して壊滅的な脆弱性を持つ。アイルランドのジャガイモ飢饉(1845〜1852年)は、単一品種への依存が引き起こした「強さの失敗」の古典例だ。100万人以上が死亡し、さらに100万人以上が移民として離散した。

組織に置き換えたとき、「強いリーダーが強い組織を作る」という命題は、この生態学的な事実と真っ向から衝突する。均質な価値観、均質な反応様式、均質な感情抑制文化を持つ組織は、短期的な効率性と安定性と引き換えに、予期せぬ環境変動への応答能力を失っていく。これは隠喩ではない。組織生態学の話である。

ちなみに、遺伝的アルゴリズムのモデルでは、解空間の探索において「突然変異率」のパラメータが極めて重要になる。突然変異率がゼロに近いと、アルゴリズムは局所最適解に収束して動けなくなる。ある程度のランダムネス、ある程度の「外れ値」の許容がなければ、系は最適化の罠にはまる。組織における「感情的な突然変異体」──つまり、感情を素直に持ち込んでくる人間──が排除されるとき、系は局所最適解で固まる。笑

「鎧」の問題──防衛機制としての「強さ」が持つ精神力動的構造

精神分析の文脈で言えば、「感情的な影響を受けない」という心理状態は、必ずしも心理的健康の指標ではない。むしろそれは、ある種の防衛機制が高度に機能している状態として記述できる。知性化(intellectualization)、孤立化(isolation of affect)、否認(denial)──これらはいずれも、情動的な苦痛から自我を保護するために機能する無意識的メカニズムだ。

問題は、防衛が「作動している状態」と「必要としない状態」を外側から区別することが、ほとんど不可能だという点にある。「動じない経営者」が真に内的な強度を持っているのか、それとも強固な防衛によって感情にアクセスできなくなっているのか、外部からは等価に見える。本人にも、見えていないことが多い。

ここで私が思い出すのは、Animatrixの「マトリックスの歴史 第1章」だ。人類が機械を支配していた時代、機械が感情を持ち始めたとき、人類はそれを「バグ」として処理しようとした。感情という信号を「ノイズ」として扱った。あの物語の結末は、まあ、あの通りである。感情を持つものを黙らせたシステムの末路として、あれほど乾いた寓話もない。

防衛機制が個人に機能するとき、それはある意味で「生存戦略」だ。しかし、その防衛構造を持つ個人が組織の頂点に立ったとき、その防衛は個人のものではなくなる。組織全体の感情処理様式が、その人の防衛機制によってキャリブレーションされる。これは「強さの伝染」ではなく、「麻痺の伝染」と呼ぶ方が正確かもしれない。

それでも問いを立てることについて

「強いリーダーが組織を守る」という命題を、私は否定したいわけではない。文脈によっては、動じないことが全体を安定させる機能を持つのは事実だ。危機の最中、全員がパニックに陥るとき、冷静な判断軸を持つ人間が一人いることの価値は計り知れない。

私が問いたいのは、その「強さ」が常態化したとき、平時に何が起きるかということだ。危機対応モードの感情処理系が、日常的な組織運営に適用され続けるとき、組織は恒常的な「有事モード」に置かれ続ける。自律神経系で言えば、交感神経優位状態が慢性化した身体のようなものだ。高覚醒状態は確かに一時的なパフォーマンスを高めるが、それが続けば系は摩耗する。副腎皮質が疲弊するように、組織の感情的な回復力が削られていく。

カミュが『シーシュポスの神話』で書いたのは、不条理に対して「目を背けずに直視せよ」ということだった。岩を転がし続けることの無意味さを認識しながら、それでもシーシュポスは幸福でなければならない、とカミュは言う。これは楽観主義ではない。根拠のある絶望の上に立つ、静かな意志の話だ。

組織の中で感情が「弱さ」として処遇されている現実を直視すること。その文化がどこから来ていて、どこへ向かっているかを問い続けること。それ自体は、何かを変えることと同じではない。しかし少なくとも、見えていない問題は解けない。タイタニック号は、氷山を見た後も2時間40分かけて沈んだ。見えてからでも、遅くないかもしれない。あるいは遅いかもしれない。(笑) それは、その船の構造次第だ。

── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。

著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。

近澤徹 医師の写真

医師監修:精神科医 近澤 徹

Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。

  • 医療法人鳳應会 理事長
  • 北海道大学医学部卒
  • 慶應義塾大学病院
  • 東京女子医科大学病院 研究員
  • 名古屋市立大学病院 客員研究員
  • 日本医師会認定産業医 / 精神科医
  • 株式会社Medi Face 代表取締役医師
  • 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
  • Z産業医事務所 代表医師
  • Medi Lex 代表医師
  • 須賀法律事務所 顧問医師
  • 日韓美容医学学会 常任理事
  • FRAISE CLINIC 統括医師
  • 日比谷セントラルクリニック 副院長
  • EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
  • アイエスクリニック六本木 統括医師
  • ルナビューティークリニック池袋 統括医師
  • 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院

編集部

Medi Face Journal編集部は、医療・テクノロジー・キャリア・ウェルビーイングといった領域を横断し、“いま本当に知るべきこと”を掘り下げて伝える専門メディアチームです。 医師・研究者・編集者・エンジニアなど、異なる背景を持つメンバーが集い、精神医療から産業ヘルスケア、医療人材のリアルまで、多角的な視点で「医療という営み」の本質に迫ります。

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