1972年、アービング・ジャニスという社会心理学者が「グループシンク」という概念を提唱した。訳せば「集団思考」だが、この訳語はいささか間抜けで、原語の持つ不気味さをまったく再現できていない。ジャニスが分析したのはピッグス湾侵攻という歴史的大失態で、ケネディ政権の優秀な閣僚たちが、なぜああも見事に馬鹿な決断を下せたのか、という問いへの答えだった。答えは単純だった。彼らは仲が良すぎたのだ。
私がこの話を好むのは、それが「善意の構造」という罠を完璧に照射しているからだ。悪意があって腐敗するなら話は簡単だ。人間は悪意を発見することには比較的長けている。しかし善意と親密さと協調性が組み合わさって腐敗が起動するとき、誰もその腐敗を「腐敗」と認識できない。全員が「チームワークが機能している」と感じながら、組織は内側から崩れていく。
通俗的な理解ではこうなる。「職場の人間関係が良ければ生産性は上がる」。これは半分正しく、半分致命的に間違っている。問題は「仲が良い」という状態の中身だ。摩擦が排除され、異論が飲み込まれ、空気を読むことが最優先のパラメータになった「仲の良さ」は、もはや人間関係の健全さではなく、系の閉鎖性を示す指標でしかない。
私はこれを「密閉容器問題」と呼んでいる。ちゃんとした術語ではない。ただ、この比喩が一番しっくりくる。密閉された空間に生物を入れると、最初は繁栄する。しかし代謝産物が蓄積し、外部からの入力が途絶え、やがて系は自分自身の排泄物に窒息する。職場の「仲の良さ」が行き着く先は、構造的にこれと同じだ。
摩擦はノイズではなく、情報である
熱力学の第二法則は、孤立系のエントロピーは増大する一方だと言う。要するに、外部との交換を遮断した系は必ず乱雑さの方向へ進む、という話だ。これを組織に適用するのは正確な比喩ではないかもしれないが、方向性として示唆的だ。外部刺激を遮断し、内部の均一性だけを高めていく系は、エネルギーを消費しながら静かに退化する。
摩擦を「解消すべきノイズ」として扱う組織は、この罠に嵌まる。摩擦は実際には情報だ。異なる視点がぶつかるとき、その衝突の中に「系が見落としているもの」が可視化される。免疫学的に言えば、自己と非自己の接触こそが免疫を鍛える。無菌状態で育った個体は外界に出た瞬間に崩壊する。職場の「居心地の良さ」が究極まで洗練されたとき、それは無菌室の完成であり、同時に免疫機能の喪失だ。
ジャニスが観察したケネディの閣僚たちは愚かではなかった。むしろ平均よりはるかに優秀だった。しかし彼らは互いへの敬意と親密さゆえに、「この場の雰囲気を壊す発言」を自己検閲した。それが積み重なって、誰一人として「この計画はおかしい」と言えない状況が完成した。異論を言う人間がいないのではなく、異論を言うコストが高くなりすぎた、というのが正確な記述だろう。
同調圧力は暴力ではなく、愛情として行使される
ここが最も厄介な部分だ。仲が良い職場における同調圧力は、「そんなこと言うな」という命令形をとらない。「みんな頑張ってるんだから」「せっかく良い雰囲気なのに」「チームのために」という形をとる。それは暴力ではなく、愛情の文法で書かれている。だから抵抗が難しい。
ジョージ・オーウェルが1984年で描いた全体主義の恐怖は、強制ではなく内面化にある。ビッグブラザーの本当の勝利は、人々が自発的に思考停止を選ぶようになることだ。仲の良い職場の構造は、この縮小版として機能する。誰も強制していない。全員が「良い職場」のために自発的に異論を飲み込む。その結果が集団的な思考停止だ、というのはオーウェルへの若干失礼な比較かもしれないが(笑)、構造の相同性は否定しにくい。
これは余談ですが、私が産業医として様々な組織を見てきた中で、「うちは本当に仲が良くて」と語る経営者の声のトーンに、ある種の均質性を感じることがある。彼らはたいてい「問題がない」と感じている。問題が解決されているのではなく、問題が見えなくなっているだけなのだが、密閉容器の中にいる者にはその区別がつかない。外部の視点がないのだから当然だ。
遺伝的多様性の喪失が「種」を殺すように
進化生物学に「創始者効果」という概念がある。少数の個体が新しい場所に移住して集団を形成するとき、その集団の遺伝的多様性は元の集団より著しく低くなる。多様性が低い集団は環境変化に対して脆弱だ。特定の病原体に対して全員が無防備だったりする。アイルランドのジャガイモ飢饉は、単一品種への依存が引き起こした生物学的な密閉容器問題の古典例だ。150万人以上が死んだ。
人的均質性の高い組織は、これと同じ構造的リスクを抱える。仲が良い職場は必然的に「同じような人間」が集まる傾向を持つ。採用も「この人なら雰囲気を壊さない」という基準が優先される。その結果、認知の多様性が失われ、特定の環境変化に対して組織全体が無防備になる。市場の変化、技術の転換、競合の台頭。そのどれかにすべての個体が同じ死角を持っていれば、組織は一撃で沈む。
ちなみに、攻殻機動隊の草薙素子が言った言葉に「個としての孤独を恐れず、個と個の交差する場所で自己を見つける」というニュアンスのものがあったと記憶しているが(うろ覚えなので正確な引用ではない笑)、あれは組織論としても普通に正しい。個が個のまま摩擦することで、系は情報を得る。個が溶け合って均質な塊になった瞬間、系の情報処理能力は著しく低下する。
「心理的安全性」という概念の、意図的な誤読について
エイミー・エドモンドソンが提唱した「心理的安全性」という概念が、日本の職場で非常に都合よく誤読されているのを私はずっと気にしている。心理的安全性とは「批判されない環境」ではない。エドモンドソン本人が繰り返し強調しているように、それは「リスクを取った発言ができる環境」だ。失敗や異論を口にしたとき、人格攻撃や社会的制裁が起きないという確信のことだ。
ところがこれが「居心地の良さ」「ポジティブな雰囲気」「批判NG」と同一視されて広まった結果、「仲が良くて誰も傷つかない職場こそ心理的安全性が高い」という完全な倒錯が生じた。この誤読は実に巧妙で、なぜなら「傷つかない環境」を作ることへの動機は純粋に善意から来るからだ。しかし傷つかない環境とは、摩擦がない環境であり、摩擦がない環境とは情報が流通しない環境であり、情報が流通しない環境とは、問題の早期発見機能が死んでいる環境だ。この論理の連鎖は、一つ一つのステップは自明なのに、全体として見ると受け入れがたい結論に至る。
エドモンドソンが本当に言っていたのは、「異論を言っても殺されない環境」だ。それは「居心地の良さ」とは全く異なる。むしろ、適切に不快な発言が飛び交い、それでも誰も人格を攻撃されないという緊張感を帯びた状態が、彼女の言う「心理的安全性」に近い。仲が良くて異論が出ないのではなく、異論が出ても関係が壊れないのだ。この差は小さいようで、組織の運命を分ける。
腐敗の速度は、「見えなさ」に比例する
組織が腐敗するとき、外部からの不正アクセスより、内部の静かな均質化の方がずっと速い。なぜなら後者は「問題である」と認識されないからだ。不正は発見されれば対処できる。しかし「みんな仲が良い」という状態は、誰も問題提起できない。問題提起すること自体が「空気を壊す行為」として罰せられるからだ。
Animatrixの中の一篇に、機械が人間に奉仕し続けながら徐々に自律性を獲得していく描写があった。人間はその変化に気づかない。なぜなら表面上は何も変わっていないからだ。日常の継続の中に変質が埋め込まれている。仲の良い職場の腐敗はこれに似ている。毎日同じ顔ぶれが同じ調子で「いい感じ」に働いている。その中で、批判能力が、自省の回路が、外部情報への感受性が、静かに、確実に、死んでいく。
ポール・ヴァレリーがどこかで言っていた。「最も危険なのは、良いものが良いままに停滞することだ」と。正確な引用ではないかもしれないが(私はこういう「だいたい合ってる引用」を平気でやる人間なので、真に受けないでほしい)、方向性としては正しい。良い状態は維持しようとした瞬間に、維持のための力学が働き始める。その力学が最終的に「良い状態を壊す可能性のあるものすべてを排除する」という方向に収束するとき、系は密閉される。
では、どうすればいいのか。私はその問いには答えない。それはこの文章の仕事ではないし、「こうすればいい」という構造を提示することで、この問いの不快な鋭さが失われることを私は嫌う。ただ一つだけ言えるとすれば、居心地の良さと機能性は、本質的に別の変数だということだ。この二つを混同して設計された組織が、なぜ最速で腐るのかの理由は、もうここまで読んだ人には自明だろう。あとは各自で考えていただきたい。私はただ、構造を眺めているだけだ。
── 現在、私の主戦場はあくまで法人の経営であり、臨床医として現場に立つ時間は極めて限られています。そのため、提供する医療の質を最高水準に保つべく、診察は完全紹介制とし、普段は特定のVIPの方々に限定してお受けしている次第です。
とはいえ、自らの深い痛みや組織の歪みと真正面から向き合い、本質的な解決を望まれる方に対しては、常に扉を開いておきたいと考えております。何かご相談がございましたら、どうぞご遠慮なくご連絡ください。
著者
近澤 徹(Toru Chikazawa)
精神科医・産業医/Medi Face代表
「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、教科書に載らない人間の感情や衝突、文化や社会構造までを「臨床」として捉え、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。
医師監修:精神科医 近澤 徹
Medi Face代表医師、精神科医、産業医。
精神医療と職場のメンタルヘルスに関する啓発活動に従事し、
患者中心の医療を提唱。社会的貢献を目指す医療者として、
日々の診療と研究を続けている。
- 医療法人鳳應会 理事長
- 北海道大学医学部卒
- 慶應義塾大学病院
- 東京女子医科大学病院 研究員
- 名古屋市立大学病院 客員研究員
- 日本医師会認定産業医 / 精神科医
- 株式会社Medi Face 代表取締役医師
- 株式会社Legal Doctor 代表取締役医師
- Z産業医事務所 代表医師
- Medi Lex 代表医師
- 須賀法律事務所 顧問医師
- 日韓美容医学学会 常任理事
- FRAISE CLINIC 統括医師
- 日比谷セントラルクリニック 副院長
- EIGHT CLINIC渋谷 統括医師
- アイエスクリニック六本木 統括医師
- ルナビューティークリニック池袋 統括医師
- 医療法人伯鳳会 赤穂中央病院








